料理は世のことわりと同じ? 料理家・瀬尾幸子さんに聞く、味噌汁から始める自炊の楽しみ方

一人暮らしをきっかけに料理を始めたけれど楽しめない、節約のために自炊の回数を増やしたけれど、なんとなく息切れしてしまった。そんな経験はありませんか。料理家の瀬尾幸子さんに自炊を続けるコツを聞いたら、食材や道具との向き合い方が変わって、料理をもっと気楽に楽しめるようになるヒントをもらえました。

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瀬尾幸子(せお ゆきこ)さん

瀬尾幸子

せお・ゆきこ

料理研究家。著書に『野菜がおいしい手間なしおかず』(新星出版社)、『素材がわかる料理帖』(暮しの手帖社)、『賢い冷蔵庫』(NHK出版)などがあり、ベストセラー多数。『みそ汁はおかずです』(学研+)では具だくさんのお味噌汁をおかずとして提案し、2018年度 第5回料理レシピ本大賞 in Japanで大賞を受賞している。YouTube『ラクうま瀬尾食堂』も配信中。
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCq1rzpHx2R5TXwOnCRzV3Cw

みなさんは日々の料理作りを楽しめていますか? 時間にも心にも余裕があればいいけれど、正直、台所に立つのが億劫な日が、きっと誰にでもあるはず。

私たちはなぜ自炊に疲れてしまうのでしょうか。スマホで検索したり、SNSを覗いたりすればすぐに見つかる“クイックなレシピ”では解決できない、根本の理由がある気がします。

瀬尾幸子さんは、『みそ汁はおかずです』や『賢い冷蔵庫』、『ラクうまごはん』シリーズなど、誰でも簡単に作れるレシピ本を世に生み出し続けている、ベテランの料理家さんです。自炊している人をずっと応援している瀬尾さんならば、料理をよりフラットに捉えるためのヒントを知っているかもしれません。

瀬尾さん、初心者でも自炊を楽しく続けるにはどうしたらいいのでしょうか。

瀬尾さん
「みなさん、なんのために自炊するのかしら? まぁいろんな理由があると思うんですが、きっと外食やお惣菜ばかりだと野菜不足になることや、食費を節約したいから、必要に駆られて『ひとまず自炊をしてみよう』って始めてみる人がほとんどじゃないですか。

多くの初心者は、まずは料理本を買うか、ネットでレシピを検索するでしょう? 実はそこにつまづくポイントがあります。レシピを知る前に、まずは自分ができることを知らなくてはいけないんです

――自分ができること……ですか?

瀬尾さん
「例えば、包丁やフライパンの使い方って、人からはなかなか教わりませんよね。いざ自分でやることになって、想像でなんとなくフライパンを火にかけて、油が温まらないうちにお肉を焼いてみて『あれ、おいしくできないぞ……』とがっかりします。

料理初心者はいうなれば、まだ赤ちゃんです。よちよち歩きだから、わからないのも失敗するのも当然なんですけどね」

▲『素材がわかる料理帖』は、野菜やお肉など身近な23食材のおいしい調理法が満載の一冊。

瀬尾さん
「それに、経験値が少なくて想像で作ると、食材の味を活かせないことも多いです。

ほうれん草のおひたしを作るとするでしょう。茹でたあと水気を絞るとき、限界までギュッ〜と強く絞る人がいます。そうすると水と一緒にうまみが流れていって、ほうれん草も小松菜も春菊も同じ味になってしまうんです。それって、すごくもったいないでしょ?

『料理は愛情』というけれど、食べる人を思うだけではなくて、食材にも愛情を持ってほしいの」

――そうなんですね。ギュ〜っと絞っていました。青菜に対する愛情が足りていなかったかもしれません。

瀬尾さん
「ふふふ。だからね、料理を始めるとき、本当はレシピではなくて、道具や食材のことを知るところから始めた方がいいんですよね。

自炊を始めるタイミングだからこそ、ちょっと憧れの料理に挑戦したくなる気持ちもわかるんですけどね。なぜかみなさん、一足飛びに中級者、上級者向けのレシピにチャレンジしてしまいがちなんですよね」

――確かに、ハンバーグとか餃子とかを気合いを入れて作っていたような記憶があります(笑)

瀬尾さん
「普段食べている料理よりも、記憶に残っている外食で食べたメニューやおもてなし料理が浮かぶのでしょうね。

でも、目玉焼きやゆで卵も好みの焼き加減や固さになるように火を通すのは、案外難しいものです。例えば、酢豚だったら切って揚げて炒めて餡を作るんですよ。初心者には手に負えません。料理を作って失敗するとつまらないし、続けるのはしんどくなっていく。

自炊は『おいしいな、また作ろう』という成功体験が積み重ならないと続かないんです」

▲瀬尾さんの作る具沢山のお味噌汁

――よちよち歩きの初心者は、どんな料理から始めるとよいのでしょうか。

瀬尾さん
「私はお味噌汁をおすすめしています。お野菜もたっぷり食べられて健康的。スープジャーに入れて、おにぎりと一緒に持っていけば立派なお弁当です。

何より失敗しにくいです。味噌汁の包容力と呼んでいるのですが、お味噌汁は本当にどんな食材も受け入れてくれる。食材を切って、煮て、味噌を溶かす。この3ステップを守れば、必ずおいしくできます。

うちは料理家という仕事柄、撮影があると中途半端に食材が残りがちなんですね。この間は、余ったカリフラワー1/5個とスパムの端切れを味噌汁の具材にしたら、あらおいしい! 大成功でした」

――すごい! 意外な組み合わせですね。

瀬尾さん
「面白いのは、作って食べて、初めてスパムは肉の練り物であり、豚肉だと気づくんです。魚の練り物を入れたお味噌汁や豚汁があるんだから、スパムもお味噌汁に合わないわけがないんだな〜と考えたりしてね。

繰り返し作ると食材の特性や、煮たときの味わいなどを覚えられるし、具材にどこまで火を入れるか、どんな切り方が自分の好みなのか、わかるようになります。食材を切って煮るというステップができるようになって、自分で工夫するようになれば、よちよち歩きからも卒業できるわけです」

――少しずつお味噌汁で練習して、身につけていくんですね。瀬尾さんの書籍『味噌汁はおかずです』にも、3ステップでわかりやすく料理の工程が書いてあったのが印象に残っていました。

瀬尾さん
「あのレシピ本では、切って、煮て、味噌を溶かすをとことん繰り返しているでしょう。後半には、アサリのお味噌汁などが登場して少しずつ新しい技にチャレンジできるようになっています。この本は大失敗しないで、食べても大丈夫なラインの料理ができるようにしました」

瀬尾さん
「私ね、世の中のルールはぜんぶ同じルールでできているんじゃないかって思うんですよ。

例えば、ゴルフの本を読んでゴルフできるようになりませんね。車に乗るのだって技術が要るじゃない? 練習しないでできることなんてない。料理もそうです。

だからお味噌汁で小さな失敗を繰り返して、自分でやってみて知るのがいいと思いますよ。

教わるのは簡単だけど、人って自分で失敗して気がついたことの方が忘れません。仕事でもそうじゃない? これはこうした方がいいとか、こうしたら後で困るとか、その場で教わっても理由がわからないままで忘れてしまいますよね」

――ゴルフ、仕事、車の運転もルールが同じ。それなのに料理になると、なぜ初心者は練習のステップをスルーしてしまうのでしょうか。これは今の世代に限った現象なのでしょうか。

瀬尾さん
「昭和の住宅はキッチンが食卓に近かったし、なんとなく料理する手順を見たり、手伝ったりしたことがある環境だったんでしょうね。今は共働きのご家庭も増えているので、時間をかけて子どもに作り方を教えながら、手伝ってもらうのが難しい状況もあるかもしれません。暮らしも大きく変化していますからね。

だからといって、料理を教えないのが悪い、練習していないのが悪いわけではありませんよ。誰のせいでもないんだから、料理を始めるときに、自分ができること、覚えるべきことを少しずつ知っていけばいいんです。

今は便利な世の中だから、自分が納得のいく情報を一生懸命探して拾わないとね」

瀬尾さんのお話に目から鱗。他のものごとと同じルールに照らし合わせれば、料理に対する捉え方が変わります。ここで料理に苦手意識をもつ友人から預かってきた「正解を探してしまう」という悩みをぶつけてみることにしました。

瀬尾さん
「もしかしたら、料理をピンポイントで作っているのかもしれませんね。料理家さんのレシピをそのまま作ってもいいのですが、点と線が繋がってないんじゃないかしら。自分で作っているのに、誰かの料理をコピーしてなんとなく馴染まない感覚というか。自分の料理がいつまでたってもできない」

「その感覚、わかります」と隣にいた編集メンバー。いつまでたっても料理ができるようになった感覚がなく、作っている最中も仕上がった味にもいまいち自信がもてないと話します。

瀬尾さん
「なるほどね。私、レンチンキャベツが大好きなんです。キャベツをザクザク切って、耐熱ボウルに入れて、電子レンジで7分。そのままでおいしいんだけど、色が変わらないようにザッと水をかけて、ザルにあけて水気をきります。まだ、ふわふわ湯気が出てるくらいでOK。

それをそのまま食べてみます。何の味をつけて食べようか想像したとき、いくつか思い浮かびますよね。とりあえず塩だけつけてみて、オリーブオイルと胡椒をふるか、お醤油をたらすか。生ハムで巻いてみようか、ツナ缶を和えるか……。

自分で想像することが大切で、オムレツの具材にしてもおいしそうだなって思い浮かんだら、もう自分の料理が始まっているわけです。「シュウマイ作りました!」ではなくて、「キャベツをどう使おうか?」からシュウマイにいきつくイメージですね。

そうなると最初の話に戻るけど、道具や食材のことを知ったり、加熱の仕方を知ったりするのがやっぱり大切です。料理を点として、技術や知識を増やしながら線でつないでいくのです」

▲撮影日もお味噌汁を作ってもらいました。具材は「チンゲン菜、しいたけ、厚揚げ」。
▲お味噌汁も味噌を溶く前の具材を煮た時点で味見します。「食材によって出汁の出方が違います。ここで味見して、どんな方向に味をつけるか考えるんです」と瀬尾さん

――聞いているだけで、瀬尾さんの料理を作る過程を楽しんでいる様子が伝わってきます。でも、キャベツを食べたときに、味つけの想像がつかない人もいるのでは。どうしたらできるようになるでしょうか。

瀬尾さん
「どんな料理でも味見をたくさんしましょう。味見を最後の仕上げのときしかしない人もいるんじゃないでしょうか。料理を作るときは、途中で3回くらい味見するといいですよ。

野菜を煮たとき、お肉を入れたとき。手順の合間に味見して、ちゃんとおいしいか確認をしながら、素材の味を知って、次に料理するときのために引き出しを増やしていくんです。

そこに調味料を入れてさらに味見します。そうすると、素材の味を活かした料理ができるようになります。

初心者のうちは、調味料はなるべくシンプルに2〜3種類くらい使う料理がおすすめですよ。味見しているうちに、塩、醤油を入れるとどうなるか、砂糖とみりんの違いなど、調味料の役割や入れたときの味がわかるようになりますし、味付けが失敗しそうなときに取り返しがつきます。

色々試しているうちにレシピの手順や材料の意味がわかってきます。料理を実践しながら、頭の中で自分のものにしていかない限りは、なかなか上手くはなりません

――手の込んだ料理を作る人が料理上手だといわれがちですが、お話を聞いていると、「自分がおいしいと思う料理を自らの手で作る人」が、料理上手なのかもしれないと思えてきました。

瀬尾さん
「手間のかかった=いい料理というのは幻です。似たようなところでいうと、料理が好きっていうと『得意料理は?』と聞かれるのも、ちょっとイヤですよね。

家庭料理って、人によって具材の切り方がそれぞれ違うでしょう。切り方で味も変わるんですよね。そうして家庭の味、自分の味ができていきます。

面白いですよね。料理って本当は自分で工夫できる種みたいなものがたくさんあるんです。そういうものを見つけられる人が、料理上手なのかもしれません。それでね。忘れないでほしいのは、どんなへんてこりんな道筋で作ったとしても、家庭料理なんだから自分や家族、食べる人がおいしいと思うなら、それでいいんですよね。

料理名は同じでも、ほかの人が作ればそれはまったく別の料理なので、比べるものでもないんですよ。あなたの作ったごはんをお隣さんは食べにきませんから(笑)

――瀬尾さんのおっしゃる通りです。それなのに、いつも作る料理や名前のつかない料理は「〇〇くらい」と思ってしまう瞬間がある気がします。「得意料理は?」と聞かれても、胸を張って言えないというか。なぜなんでしょうか。

瀬尾さん
「人間関係でも『この人ダサいな』って思ったら、ちょっと距離を置くでしょう(笑)。でも、ちゃんと話してみたらおもしろくて豊かな人だって気づいたら、自分の勘違いを正しますよね。

それと同じで、例えば「お味噌汁くらい」と思う方は、本当においしい味噌汁に巡りあったことがないのかもしれませんね。私のレシピ本のお味噌汁は、驚くくらいたっぷりの具材を入れます。それらから色んな出汁が出て、とてもおいしいお味噌汁ができあがる。

繰り返しになるけど、ゴージャスな料理が上等という考え方はもったいない話で。家庭の味や、自分が自分のために作る料理の「地味だけど良い味」を知っていたら、華やかな料理だけが素敵とは思わないはずです。

それに、毎日の食事は数日経ったら忘れるくらいの方がいいんです。たまに思い出すくらいで。毎日ガツンと記憶に残る料理だと疲れるでしょう? 名前がなくてもいい、人にはわざわざ言わないけど、自分がおいしいと思っている料理もいいものですよ」

ーーいま、ギクっとしました。「誰のための自炊するんだっけ?」という話ですよね。

瀬尾さん
「色んな思い込みや、よその人の声でなく、自分がどう感じるか考えてみましょう。

おいしい白ごはんに納豆、具沢山の味噌汁があったら、すごく豊かな食事じゃないですか?

▲サーモスのまほうびん食器に盛り付けた食卓。お味噌汁は、それぞれの具材のうまみがしっかり感じられました

瀬尾さん
「具材をたっぷり入れて新しい組み合わせを見つけたり、納豆を少しいいものを選んでみたり。おいしいものを見つけられるようになれば、料理は楽しくなっていくと思いますよ。

どんな素材でどう料理するか、どんな調味料を選んで味付けするか。大事なのは、自分で決めることです」

私たちが自炊に疲れてしまうのは、思い込みに縛られてしまうからなのかもしれません。

お味噌汁で少しずつ基礎を積み上げながら、いろんなおいしいを作れるようになっていく。「おいしい=幸せ」の私にとって、これからもっと色んな幸せに出合えるといわれているようでした。

①まずはお味噌汁で調理の基礎や素材の味を知る
②味見をたくさんして、自分の料理を作る
③おいしい! のためのあれこれは自分で決める

3つのポイントをおさえて、みなさんの自炊が自分なりの「おいしい!」を冒険できる、楽しいものになりますように。

撮影:小野奈那子
編集:関あやか(ノオト)

ふくい

ふくい

食いしんぼうライター、編集者。相撲の番付表がある酒場とレモンスカッシュのある喫茶店、ナルトのはいった炒飯がある町中華が好き。

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