お酢はどこからやってきた?お酢料理のうまい国は?お酢博士に聞く「お酢をもっと好きになる話」
どうやってつくられているか、どう使えばいいのか、知る機会があんまりなかったかもしれない調味料「お酢」について、お酢博士・赤野裕文さんにお話を伺いました。
この記事をシェアする
赤野裕文
あかの・ひろふみ
山口県出身。広島大学工学部醗酵工学科卒業。1979年、株式会社中埜酢店(ミツカングループ前身)に入社し、食酢の基礎研究やマーケティング、商品開発など食酢に関わるさまざまな分野を担当。2016年、株式会社Mizkanを定年退職し、現在は食酢エキスパート社員として食酢の啓蒙活動を行っている。黒酢の開発により2007年農芸化学技術賞を共同受賞。
知っているようで知らない? 身近な調味料「お酢」
キッチンにいつもいる存在なのに、いまいち仲良くなりきれていない気がする調味料「お酢」。考えはじめると「いつからあるの?」「どうやったら上手く使いこなせるの?」と疑問がムクムクわいてきます。
仲良くなるなら相手をよく知るところから。お酢博士・赤野裕文さんにお話を伺うことにしました。
世界で古くからある調味料は、お漬物の必需品
そもそもお酢ってどうやって生まれて、広まった調味料なのでしょうか?
「そういう風に興味をもっていただけるのがうれしいですね。実は、お酢は調味料の中では最古の部類。紀元前5000年ごろ、お酒から偶然発見されたのではないかといわれています。
お酢とは、一般的に“米やりんごなどの食材でつくったお酒を、酢酸菌という菌で発酵させた液体調味料”を指します。つまり、お酢がつくられる過程には、お酒が欠かせません。
当時、メソポタミア南部の地域では、ナツメヤシや干しぶどうなどからお酒がつくられていました。そのなかで、置いておいたお酒が酸化してすっぱくなる現象も発見され、次第に広まっていったと考えられています。
お酢と同じく、もうひとつ古くからある調味料があります。それはお塩。 料理の“さしすせそ”でいう、“し”と“す”は世界的にみても非常に歴史が古いんです。
2つの共通点が、なんだかわかりますか?
『食品の保存性に優れていること』です。 日本では保存のために食材を塩漬けにする文化が主流ですが、海外では、酢漬けにする文化が色濃い地域も多いです。
例えばピクルスは、諸説ありますが紀元前3000年ごろにはもう存在していたといわれています。
塩とお酢は食品の保存に必要とされ、いろんな国に定着して広まっていったんですね」
お酢は、お酒があればどこでもできる?
ほかの調味料とは異なる、お酢ならではの広まり方の特徴はあったのでしょうか。
「先ほどお伝えしたように、お酢がつくられる過程にはお酒が欠かせないため、発酵文化がある国を中心に広がっていったのは、大きな特徴です。
ヨーロッパですと、フランス、イタリア、スペインなどのワインのある国ですね。ワインからワインビネガー、りんごのお酒であるシードルからはシードルビネガー(りんご酢)ができます。
世界の複数の場所で同時多発的にお酢が生まれ、文化が混ざり合いながら広まったといってよいと思います」
「ちなみに日本でお酢がつくられはじめた時期は、明確にはわかっていませんが、最も古い伝承は4世紀から5世紀ごろ、中国から日本へ伝わったというものです。
それは、米からつくった麹をお酒にしてお酢をつくる方法でした。ヨーロッパの果実でつくられるお酢とは異なるので、おそらくルーツが違うんじゃないかと推測しています」
お酢とお寿司の意外な関係
「意外なのですが、お酢は日本では、食用以外の用途でたくさん使われていました。
調味料として庶民の口に届くようになったのは、室町時代後期。江戸時代にはいろいろな合わせ酢が開発されました。そして11代将軍・徳川家斉が治めた文化・文政期以降になると、お酢は『お寿司』によって、より多くの人に届くようになります。
ちなみに、お寿司もまた長い歴史を持つ食品ですが、伝来した当初はいまの姿とはまったく異なるものでした。お寿司のご先祖様は、塩と米麹で発酵させてつくった、酸っぱくてドロドロした『なれずし』という魚のお漬物。たくさん獲れた魚を保存するためにつくられていました。
そこから江戸時代初期に、発酵していない『早ずし』に変化。ごはんにお酢を混ぜ込んだ酢飯がつくられるようになります」
「江戸時代後期の江戸では、早ずしを進化させた握り寿司の屋台がとても流行って、お寿司屋さんたちがお酢を欲しがるようになります。そうすると、お酢が足りない。需要の高まりとお米が安定的に生産できるようになったこともあって、お酢が日本全国でたくさんつくられ、全国に広まりました」
世界に目を向けると、お酢づかいがうまい国がたくさん!
「一方で日本は塩漬けの文化が強い国。酢漬けの文化が強い諸外国のように主菜にお酢を使うことは少なく、お酢を使った家庭料理も多い方ではありません。
『南蛮漬け』も名前からわかるように、海外がルーツなんですよ。どこからやってきたかというと、鶏肉をお酢とナンプラーで漬け込んで煮たフィリピンの家庭料理『アドボ』です。アドボはスペインの肉料理『アドバード』が元となっています。
世界に目を向けると、お酢づかいがうまい食文化を持つ人たちがたくさんいるんですね。私がお酢を使うのがうまい!と感心するのは、ポーランドやロシアなどスラブ系の国 。野菜をチキンスープで煮込み、サワークリームやお酢で味付けする『ベラ・チョルバ』は絶品です」
すっぱくしなくてもいい。「隠し酢」がおいしい料理の秘訣
そうなると世界の料理に触れるのに、いろんなお酢にチャレンジしてみるのも楽しそうです。いつもの料理に、上手にお酢を取り入れるにはどうしたらいいんでしょうか。
「お酢上手になりたいと思ったとき、種類と特徴が知りたくなるものですよね。でも、りんご酢はこんな味でワインビネガーはこんな味、おすすめ料理は……と事細かに説明しても、なかなか伝わらないんです。好みもそれぞれですし、お酒の数だけお酢はつくれるわけですから、語るのも大変(笑)!
だから実用的なアドバイスをするなら、最初は、あらかじめお酢とほかの調味料が合わせてある『調味酢』を使ってみるのがおすすめです。
それとお酢を使うからって、すっぱい味付けにしようと思わなくてもいいんですよ。隠し味に少しだけ使うことで、お料理がおいしくなりますから。
全体に対して1%ほどお酢を入れると、味が締まってシャープになったり、コクが出たりします。これを私たちは『隠し酢』と呼んでいます。
思い出したようにシンクの下からお酢を取り出してみたら、変色していた……なんてもったいないじゃないですか。そうならないようにするには、少しでいいので日常生活にお酢が登場することが大事。
失敗しにくい簡単なことからチャレンジして、ちょっとずつお酢づかいのコツを知っていただけたらうれしいです」
苦味とすっぱさはひっぱり合う。お茶とお酢のドリンク
「ここまでお料理の話をしてきましたが、最近は健康のためにドリンクなどで習慣的にお酢をとる人も増えていて消費量も増加しています。
フルーツジュースや野菜ジュース、青汁に入れるのもおすすめです。コップ1杯(200ml)あたり、大さじ1杯(ひとさじ)のお酢が目安です。量は好みに応じて調整してください。
そのほか、私が気に入っているのはお茶とお酢のドリンクです。お酢1:お茶2で混ぜたものに、お好みの量の炭酸水を加えてください。プーアル茶とりんご酢を合わせても、おいしいですね。すっきりした飲み心地で、食事をしながら楽しめます。
お茶とお酢の相性がいいことにはちゃんと理屈があって。お茶の苦味とお酢の酸味は、味覚のなかで引っ張り合ってお互いを和らげ合うので、バランスがよくなるんです。面白いでしょう」
すぐ簡単にお酢がとれる未来に?
最後に、今後のお酢の未来についてもお聞きしました。
「今後は、健康のためにとりたいという需要から、簡単に食べられる食品にお酢が使われるのではないかなと予想します。例えばデザートやチョコレートなどのお菓子類。私は副業でお酢入りチョコを開発販売しているのですが、おいしくて結構人気です。
またSDGsの視点から生酢や調味酢の一部は量り売りで登場し、カスタマイズして販売されるシーンも出てくるのではないでしょうか」と赤野さん。
「元々は私もお酢は得意じゃなかったところから、お酢をつくる会社に入社してこんなにのめり込むまでになったんです」と笑いながら教えてくれました。
たっぷりお酢のことをお聞きすることができて、なんだかお酢と仲良くなれそうな気がしてきました。
スーパーのお酢売り場では、自分のステップにあった調味酢を手に取ったり、どんな国でどんな原料でつくられているのか表示を見て調べてみたりして楽しめそう。もう立ち尽くすことはなくなりそうです。
イラスト:辻本まみ
編集:ノオト
ふくい
食いしんぼうライター、編集者。相撲の番付表がある酒場とレモンスカッシュのある喫茶店、ナルトのはいった炒飯がある町中華が好き。
この記事をシェアする